こちらのプレスリリースの通り、当社は2021年7月末に北米の会社を買収した。この経験が海外進出する日本企業の役に立つのではと思い、M&Aの経緯を全6回で共有する。

第1回目は、北米でM&Aを実行しようと考えた経緯や理由についてだ。

記事の内容

  • 世界に通用すると信じて2016年に北米進出
  • 北米市場で苦労したこと
  • M&Aを決めた理由
  • 買収する企業を絞り込んだ条件

世界に通用すると信じて2016年に北米進出

どのようなクライアントであっても、広告効果を常に悩み考えている。誰もが限られた広告リソースを最大化したいと考えているからだ。

我々のビジネスは、広告の解析(Data driven)を通じて、広告効果の改善をお手伝いし、より理想的な広告を実現できるように支援している。お陰様でクライアントから大変喜ばれている。

我々の技術は世界でも通用すると信じていて、事業のグローバル化を実現したいと考えた。そこで、2016年7月、私が先陣を切ってカリフォルニアのシリコンバレーに移住した。

北米を選んだ理由は主に以下の2点である。

  • 北米にはメディア事業の大手プラットフォーマー(Google, Facebook)がいる
  • 北米には巨大なデジタルマーケティング市場がある

米国のインターネット広告の市場規模は、2023年までに1,600億ドル(1ドル110円換算で約18兆円)に達すると予測されている(2019年 監査法人PwCより)。2020年の日本のインターネット広告費が約2兆円だから、日米で実に8倍以上の開きがある巨大なマーケットなのだ。

移住後、私が個人的に営業を日系企業、米系企業にアプローチしたのだがすぐには上手くいかなかった。日本事業の立て直し、マネジメントしていたこともあり、2018年10月にようやく現地で人を採用し、本格的にチームとして事業をスタートできた。

北米市場で苦労したこと

北米の顧客を獲得できない

北米に拠点を持ち1年近く経過し、それぞれのチームが役割を果たすことで、日本本社からの案件、日本企業が米国に進出する際の案件は増えたが、想定していた顧客数を獲得できない状況が続いていた。

現地社員の良質なネットワークの活用、代理店開拓、米国のセールス・マーケティング手法も実践していたが、実際には数件の受注があっただけで、その手前である商談、提案件数の結果がついてこない日々が続いた。

北米事業の黒字化ノウハウが得られない

顧客が増えなえれば、売上も利益も全く伸びない。さらに、西海岸エリアでの人件費の高さもあって、月次で赤字が続き、経営者として、早く事業を黒字化させなければならない焦りもあった。

これまでのやり方では、北米でやりたかった理想とかけ離れていることを感じて悩んでいた時、ふと、我々がいま欲しいのは、既に米国マーケットで成功している企業が持つノウハウだと気づいた。

M&Aを決めた理由

実際に営業を活動して1年ほどたった2019年秋ごろ、今までのやり方を変えなければならないと決心した。そこで着目したのがM&Aだった。ビジネスをスケールさせ、同時に、北米で通用するノウハウを早く獲得するためである。

顧客の獲得に苦労している最大の原因は「リード数が少ないこと」であり、そこへの抜本的な対処が必要である。リード数が足りないのは見込み客への提案数が少ないからだ。つまり提案数を稼ぐためのアプローチを改善しなければならない。

しかし1年間の活動で、自助努力では成功するまでにかなりの時間を要することを痛感した。だからこそM&Aによって、ビジネスをスケールできる事業基盤確立までの道のりを、少しでもショートカットできないかと考えたのだ。

買収する企業を絞り込んだ条件

課題を解決するのに適しているのはどのような企業だろうか。

仮説として、重要度順に次の5つの条件を考えた。

  • 第1条件:黒字の会社である
  • 第2条件:事業シナジーがある
  • 第3条件:顧客基盤がしっかりしている
  • 第4条件:案件獲得が仕組み化されている
  • 第5条件:オーナーがすぐに辞めない

第1条件:黒字の会社である

この4年間の中で一番苦しんだのが事業の収益化である。

自身の経験から、競争が厳しい北米のデジタルマーケティング業界で黒字を出すことがいかに大変か身に沁みていた。だからこそ、見込み客の開拓、顧客維持、優秀な人材の採用、営業コストの管理を含め、あらゆる面での黒字ノウハウを手に入れることがとても重要と考えた。

また、当社のように先行投資により赤字が続いた会社にとって、黒字の会社を買うことは税制面でもメリットがある。北米では特定の条件はあるが、過去に計上してきた繰越損失を将来の利益と相殺でき、実質的に納税が免除されるのだ。

(ただし、この「黒字の会社」を買うというのがM&Aで最もハードルが高い。うまくいっているので売る必要がないし、売るならば必然的に売却価格が高くなるからである。)

第2条件:事業シナジーがある

我々の事業は、データ解析技術を軸にした広告ビジネスとデータ分析ビジネスだ。

北米の広告ビジネスではデータ解析に悩みを持つ企業は少なくない。そのような広告代理店を買収すれば、先方が持ち合わせていない最新のデータ解析ノウハウを活用してシナジーを高め、広告パフォーマンスの向上、競合との差別化ができる。

第3条件:顧客基盤がしっかりしている

我々のビジネスは広告効果をさらに引き上げることに強みがある。既存顧客から収益を拡大するのと、新規顧客から収益を上げるのでは、前者の方が労力は圧倒的に少ない。顧客との関係が良ければなおさらである。

そのため、安定した顧客基盤があることを重視した。具体的には顧客数が一定数以上あることを条件とし、経験から、従業員1名当たりの担当クライアント数が5社以上あることが望ましいと考えた。

また、同じくらい重要なこととして、ターゲット企業の収益構造が一部のクライアントに偏っていないことも重視した。最も避けたいのは、企業のオーナーに紐づいた顧客が売上の大部分を占めている場合である。買収した直後にオーナーが去ってしまうと、いずれ遠くない時期にそのクライアントも去ってしまう可能性が高いからだ。

第4条件:案件獲得が仕組み化されている

顧客基盤が顕著に属人化していたり、案件獲得の機会がオーナーに依存しすぎているような企業では、顧客獲得のノウハウが組織に定着しておらず、将来性に不安がある。そのような会社はなるべく除外したいと考えた。

仕組み化ができているかどうかは、以下の3点で判断した。

  • ブランドが確立されており、自社サイトから問い合わせが入っているか
  • コンテンツマーケティング、口コミサイト、代理店などの関係が構築できているか
  • 顧客から収益機会(広告など)を多面的に獲得できているか

第5条件:オーナーがすぐに辞めない

オーナーがすぐに辞めないこと。少なくとも3年間は熱意を持って取り組むこと。これは買収企業を存続させるために極めて重要な要素の1つである。

しかし、買収された企業のオーナーがすぐに辞めてしまうケースは少なくない。多数のM&Aのブローカー紹介案件、M&A取引サイトなどを見ると、基本的にはオーナーが積極的に売却してExitすることを前提としていることが多いことに気づくだろう。

そこにはオーナーが売りたい理由があるからで、事業自体に問題があったり、組織の問題があるかもしれない。マンネリ化、他事業への関心など、オーナーとして既存ビジネスへの熱意を失ったために、売却しようとしているのかもしれない。

だが、私が求めたのは情熱を持ったオーナーである。「現状のステージを変えるために、ワクワクするプロジェクトや、より大きなストーリーを成し遂げる」というビジョンを共有したいと考えている。

(もちろん、オーナーを辞めさせない、オーナーのモチベーションを維持する仕組みなども重要だが、これは別の機会に後述したい。)

補足:M&Aはタイミングが命

最後の話になるが、M&Aはタイミングが命である。個別の取引はその時期の需給バランスとトレンドの影響を受けるからだ。

imaaのM&A統計データでは、我々のような「海外から米国に対する投資」が、2019年は約3,000件(2020年は約1,500件)、取引総額は4,000億ドル(1ドル110円換算で約44兆円。2020年は約42兆円)だった。

コロナ禍の不確実さが非常に高かった2020年だったが、1件あたりの取引額は下がっておらず、賢明な投資家がM&Aの好機とみて、質の高い取引を厳選していたと考えられる。私も絶妙な時期に投資を実行できたのではないだろうか。

まとめ

今回は全6回の1回目として、私が北米でM&Aを実行しようと考えた経緯や理由をまとめた。次の記事では「どうやってM&Aを成功させたか」という方法論について述べていくつもりだ。

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楠山健一郎

国際基督教大学卒。シャープ、サイバーエージェント、トムソン・ロイターを経て株式会社プリンシプル設立。

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