第1回の記事では、山口周さんの『人生の経営戦略』p.55に掲載されている図をもとに、「スジの悪い仕事」の定義について考察しました。そこから、キャリアが行き詰まりやすい「スジの悪い仕事」とは、「時間資本が人的資本に転換しない、あるいは転換効率が悪い仕事」だと定義しました。また、一つの実例として、(あくまで主観的な判断ですが)私自身のキャリアにおける仕事の「スジの良さ」に関する考察を披露いたしました。
今後、私が取締役を務める株式会社プリンシプルの事業ドメインである「Webマーケティング」に関連する仕事について、「スジの良い仕事」足り得るかを検証しますが、その前に、今、ぼんやりとしか理解していない「スジの良い仕事」について、どのような条件を満たす仕事がスジの良い仕事といえるのか、つまり、「スジの良い仕事」の要件を考察します。
その前に、「スジの良い仕事」とはどのような条件を満たすべきなのか、その要件を再度整理してみましょう。
おさらい:「スジの良い仕事」の判断基準
第一回のおさらいですが、ウェルビーイングを実現するには、「人的資本」「社会資本」「金融資本」の3つを手に入れることが必要でした。また、時間資本を一足飛びで金融資本に変えることは難しく、時間資本 → 人的資本 → 社会資本 → 金融資本 という流れで転換される必要があります。
この考え方を基にすると、「スジの良い仕事」は以下の2つの観点で評価できます。
- 時間資本が効率よく人的資本として蓄積されること
- 蓄積した人的資本が社会資本に転換されること
(社会資本が金融資本に転換する効率は、おおよそ「産業の大きさ ÷ その産業で一定の社会資本を持つ人の数」 によって決まると考えられます。例えば、再生医療や電気自動車のような巨大な産業において、一定の社会資本を得た人の数が少なければ、その人には莫大な金融資本が蓄積されるでしょう。これは「仕事の内容」よりも「産業の特性」に左右される思われますので、本稿では割愛します。)
では、それぞれの観点を要素分解して要件として取り出してみましょう。
時間資本を効率よく人的資本に転換できる仕事の3要件
時間資本を効率よく人的資本として蓄積できる仕事の要件は次の3つです。
- 比較的短時間で自立できる仕事
- 創意工夫の余地がある仕事
- 短期間で多数の打席に立てる仕事
1. 比較的短時間で自立できる仕事
誰でも新しい仕事を学ぶ際には、一定のトレーニングを受けたり、上司や同僚に指示やアドバイスをもらうなどの「学習期間」が必要です。しかし、例えば、伝統工芸的な仕事では、熟練するまでに長い学習期間が必要となるケースがあります。国宝ともなれば長期的に見れば非常に大きな価値を生み得る一方で、短期間でのスキルの蓄積や独立が難しい場合もあるでしょう。
一方で、比較的短期間でスキルを習得し、主体的に実践経験を積める仕事は、時間資本を効率よく人的資本へと転換しやすいといえます。真剣に取り組めば半年から1年で自立できる仕事が、スジの良い仕事の要件の一つといえます。
2. 創意工夫の余地がある仕事
考えてみるとすぐに分かりますが、その人独自のスキルや知識は、その人の「創意工夫」の結果生まれます。もし、創意工夫の余地がなく、マニュアルに完全に従って行うような仕事では、たとえ、完璧にそのマニュアルを覚え、完璧にマニュアルの通りに仕事ができても、それらの知識やスキルは人的資本とはとても呼べないものです。
例えば、「ファーストフードチェーンで、5年、マニュアルに沿ってハンバーガー焼いてました!」という人がおり、その仕事が創意工夫の余地をほとんど含まない場合、蓄積された知識やスキルが人的資本としては評価されにくいでしょう。
3. 短期間で多数の打席に立てる仕事
創意工夫の余地がある仕事であっても、その創意工夫の結果が出るまでに半年かかる場合、3年取り組んでも6回しかその創意工夫を活かすことができません。すると、付加価値の高い知識やスキル(=人的資本)に転換するまでに非常に長い時間がかかります。
逆に、「毎月が勝負」「今月は◯◯を試してみる」といったように、月次、四半期などの比較的短期間で結果が出る、短期間で多数の打席に立てる仕事がスジが良い仕事の要件の一つといえます。
人的資本を社会資本に転換できる仕事の3要件
また、蓄積される人的資本が、その後、社会資本に転換することも重要です。そのためには、蓄積される人的資本が以下の3要件を満たす必要があります。
- 人的資本が組織ではなく、個人に蓄積される
- 人的資本が特定の会社だけでなく、幅広い産業で資本として通用する
- 蓄積した人的資本を広く世の中に知らしめる手段がある
一つづつ、見ていきましょう。
1. 人的資本が組織ではなく、個人に蓄積される
仕事があまりにも分業化されていて、個人としては成果の一部にしかかかわらない(関われない)仕事では、ノウハウがチームや会社に蓄積され、個人に人的資本が残りにくい傾向があります。
例えば、ECサイトが発信しているHTMLメールがあり、そのメールからは非常にたくさんのお客様が購入してくれるとします。そのHTMLメールに、あなたはコーダーとして関与していました。企画を考える人、商品をピックアップする人、原稿を考える人は別の人で、あなたはHTMLメールのレイアウトと表示が崩れないことだけに責任を負っています。
このような例では、「非常に成果の高いHTMLメールを発信できる」というスキルや経験の人的資本はチームに蓄積してしまいます。そうではなく、自身の社会資本に転換するには、人的資本も自分という個人に蓄積される仕事である必要があります。
2. 人的資本が特定の会社だけでなく、幅広い産業で資本として通用する
言わずもがなですが、蓄積できるスキルや知識が特定の会社においてだけ有効なのでは、それがいかに優れていても、その仕事は筋が良いとは言えません。
例えば、架空の例として『銀河系の惑星鉱山でしか通用しない採掘技術』のように、非常に特殊で他の分野で転用が難しいスキルが求められる場合、その技術は社会資本に転換しにくい可能性があります。
そうではなく、同じ産業の別の会社や、あるいはもっと良いのは、別の産業であっても通用する人的資本が、その後の社会資本への転換という観点からは必要です。
3. 蓄積した人的資本を広く世の中に知らしめる手段がある
どれだけ優れたスキルや知識を持っていても、世間に知られなければ社会資本にはなりません。社会資本は、評判やネットワークですから、クライアントや同業者や一般の人があなたの人的資本を知り、評価できる状態にないと蓄積されないのです。
例えば、あなたが、探偵事務所に属する私立探偵として経験を積み、非常に高い知識とスキルを身に着けたとします。守秘義務が強く、業務上のスキルや知識を外部に発信する機会がほとんどない仕事では、たとえ高い専門性を持っていたとしても、あなたの人的資本は所属する事務所の人以外の人に知らしめることができるでしょうか?おそらくできないでしょう。
すると、あなたの人的資本は評判も呼ばず、ネットワークも構築できず、社会資本は蓄積できないということになります。
一方で、ブログやSNS、講演、執筆などを通じて自分のスキルを広く知らしめられる仕事は、社会資本に転換しやすいと言えます。
まとめ
この記事では、「スジの良い仕事」に要件ついて考察し、「時間資本が効率的に人的資本に蓄積されるかどうか?」の観点で3つ、「蓄積した人的資本が社会資本に転換するかどうか?」の観点で3つ、合計6つの要件をあげました。
次回の記事では、株式会社プリンシプルの事業ドメインである「Webマーケティング」関連の仕事を、この6要件に照らしてチェックしていきます。
本稿で挙げる職業の例は、記事の主張を分かりやすくするためのものであり、特定の仕事を否定したり誹謗する意図は一切ありません。その仕事がウェルビーイングを実現する手段として大きな価値を持つことも十分に考えられます。
本記事に取り上げられたから、絶対にスジの悪い仕事だと理解するのではなく、その仕事の特定の側面がスジが悪い仕事に該当するように見える場合がある、程度にご理解いただければ幸いです。