現代物理学の最前線には「マルチバース」理論という興味深い概念があります。これは、私たちが知る宇宙が唯一の存在ではなく、無数の「宇宙」が存在するという考え方です。

カリフォルニア大学バークレー校の野村泰紀教授※の研究によれば、これらの宇宙は泡のように無限に増え続け、私たちの宇宙とは別の「パラレルな空間」として存在している可能性があるのです。これは、天動説から地動説への転換にも似た、既存の常識を覆すようなパラダイムシフトです。

このマルチバース理論から着想を得て、私はデジタルマーケティングの分野にも応用できる新しい発想があると考えました。私たちが日々行っているマーケティングやそのマネジメントには、見えない「別の世界」が存在するのではないか、と。

※ 野村泰紀:著書に「多元宇宙(マルチバース)論集中講義 (扶桑社新書)」など

見えない世界への問いかけ

マーケティングの現場では、データに基づく分析や戦略の構築が基本です。しかし、私たちが見ているのは、あくまで「一つの宇宙」に過ぎないかもしれません。例えば、広告運用やSEO、データ解析など、それぞれの分野の専門家が持つ視点は、あくまで彼らの「宇宙」に限られたものであり、その背後に広がる他の可能性や見解を見逃しているかもしれません。

このような「見えない世界」を認識し、そこに疑問を投げかけることが、今後のデジタルマーケティングにおいて重要ではないでしょうか。これが、「クロスコンサルティング」の概念を提案する理由です。複数の専門家が集まり、それぞれの視点を超えて議論することで、新たなインサイトや解決策が生まれる可能性が高まります。

クロスコンサルティングの実践

クロスコンサルティングとは私がお伝えしたい概念による造語です。それは、単に複数の分野の専門家を集めるだけではありません。ポイントは、それぞれの専門家が自身のバイアスを認識し、それを超えて他の専門家と協力する姿勢を持つことの重要性です。

例えば、マーケティングの戦略会議では、広告運用担当者とデータ解析の専門家、SEOのプロフェッショナルが一堂に会し、それぞれの視点から問題を捉え直す機会を設けることを重要視すべきと言うことです。

このアプローチは、フィルターバブル※※や認知バイアスを超えて、新しい視点を提供するものです。私たちは「もう一つの時空」、つまり他の専門分野の視点を積極的に取り入れることで、より豊かな理解と戦略の多様性を持つことができます。

※※フィルターバブル:自分と同じ傾向の情報で「泡」の中に包まれたように、自分が見たい情報しか見えなくなることであり、インターネットを通じて自分と同じ考えや興味の情報のみが表示される状態を指す

デジタルマーケティングにおけるクロスコンサルティングの実践例

デジタルマーケティングの広告運用を具体例として考えてみましょう。

以下の図は、リスティング広告における戦略のフローチャートを示しています。

このフローチャートでは、クエリの選定プロセスが示されています。まず、無駄なクエリを排除し、効果の高いものを識別し、それを最大限に活用していく。この流れは、マーケティング戦略として合理的です。特にPDCAサイクルを効率的に回すことで、広告効果を最適化することが可能になります。

しかし、このプロセスには、見過ごされがちな「別の次元」が存在するのではないかと考えています。フローチャートを細かく分析し、ツリー構造のように展開していくと、新たな視点が浮かび上がるかもしれませんが、情報の信号は次第に薄まり、本当に注目すべき「揺らぎ」を見失ってしまう恐れもあります。

ここで考慮すべきは、もう一つの「泡宇宙」—見えないが存在する可能性のある次元を意識し、それを探索し検証する必要性です。以下の具体例を挙げてみましょう。

1. ターゲットオーディエンスの再定義

通常は、問い合わせのコンバージョン時のユーザー属性に基づいてオーディエンスを分析しますが、それだけでなく、実際の商談から受注までのスピードに基づくグループ属性や、受注後のリピート率(LTV)に基づく属性で捉え直すことが重要です。このようなアドホック分析を通じて、新たな検索ニーズやターゲットの可能性を見出すことができます。

2. オフラインデータの活用

オンラインのデータだけでなく、オフラインの営業活動や顧客からのディープインタビューなどを通じて得られる「生の声」や背景にあるニーズを取り入れることで、より深いインサイトを得ることができます。これにより、広告の戦略やコンテンツをよりターゲットに適したものにすることが可能です。

3. SEO戦略の再考

コンテンツのボリュームやサイト構造を評価するだけでなく、ユーザーと検索エンジンの双方にとって魅力的で理解しやすい内容になっているかを評価することが重要です。これにより、競合性の高いクエリの中から、潜在的なチャンスを見つけることができます。

4. AIの役割と未来のマーケティング

さらに、生成AIの活用もクロスコンサルティングの一環として考えることができます。AIは、複数の専門分野の知識を迅速に統合し、未だ見ぬ視点や仮説を提案する力を持っています。AIを利用することで、未知の領域にも柔軟に対応できる組織作りが可能になるでしょう。

5. プロジェクトマネジメントの有用性

これらの多様なコンサルタントの知見を統合し、具体的な推進シナリオをどう描くかも、マーケティングの成功において重要な要素です。例えば、前年のデータから閑散期と繁忙期を正確に把握し、それに応じた戦略を策定することが求められます。閑散期には効果検証を繰り返し、繁忙期には得られた知見を活かして成果を最大化するというアプローチが考えられます。

効果検証の結果、期待通りの効果が得られない場合もあります。その際には、慎重なアプローチを取りつつ、次の繁忙期に向けた新たなプラン(プランB)を準備することが重要です。例えば、予算の使い方や施策のタイミングを再調整し、より効果的な方法を模索します。

このように、計画的かつ柔軟な戦略を実行するためには、プロジェクトマネジメントのスキルが不可欠です。特に、顧客視点に立って投資対効果を厳密に管理し、予算を最適化するための視点が求められます。

これらの多様なアプローチを統合し、各フェーズでの優先順位を明確にすることで、マーケティング活動全体の効率と効果を最大化する役割を果たします。適切なタイミングでの意思決定と資源の再配分は、プロジェクトの成功に直結するのです。

最後に

クロスコンサルティングのアプローチによって、デジタルマーケティングの戦略はより豊かになり、これまで見落とされていた「別の次元」を探索する力を得ることができます。多様な視点を超えて統合することで、より包括的で効果的な戦略を構築することが、現代のマーケティングにおける成功の鍵となるでしょう。

未来のマーケティングでは、過去の経験や既存の知見に頼るだけでは不十分で、常に新しい視点を持ち、問いを立て直す姿勢が求められます。クロスコンサルティングを実践することで、新たな地平を切り拓き、さらなる成功を目指すことが可能です。

プリンシプルでは、このような発想をもとに、規模の大小を問わず、デジタルマーケティング戦略の構築を支援しています。皆様と共に新たな機会を創出できることを心から願っております。

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小柳貴志

20年以上にわたり、ソフトウェアメーカーやSIerにおいて、サービス構築やビジネスインテリジェンスの導入など、コンサルタントやプロジェクトマネージャーとして従事。現在はプリンシプルとしてサービス横断的な案件を担当。

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